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道楽日記
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メモ:ポリアンナ症候群について

2015/10/27 13:01|メモ・考察TB:0CM:0
ポリアンナ症候群とは簡単に言えば良いことだけ見て悪いことがなぜ起きたか自省しない症候群である。
本人は幸せだが周りが同じことで困り続ける可能性がある。
これは罪悪感が乏しくなる、という側面がある。
極端な話、お腹がすいたから大福盗んだ→大福うまかった、お腹もふくれた→幸せ(盗んだこと、お腹すいた原因は悪いことなので見ない)→リピートスティール
となる。

日常はつらいよ
前にもブログで書いたが、良いことというのは砂金のような見つけにくいものである。
だから発見した時は喜びを感じる。
ポリアンナ症候群は一人ゴールドラッシュ状態である。
あるいは小学生の時、校庭の砂に雲母を見つけては砂金だ!とはしゃいでいたのと等しい。
本物の砂金があっても分からないのである。

薄っぺらい幸せの中で生きているわけで、いつか破綻する思考である。
周りから批判されてもなぜだか分からない。
それは悲劇だ。

人は罪を飲み込み消化することで成長する。
過ぎたるポジティブは及ばざるが如し。

だがポジティブ自体は悪いことではない。むしろ何割かはポジティブがなければ人生は地獄だ。
大事なのは前に進む前に後ろを振り返ることだ。
それを糧に、同じ轍を踏まぬようにすることが肝要だと考える。
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メモ:無性愛者、非性愛者について

2015/08/18 18:56|メモ・考察TB:0CM:0
テーマとして書いてみたいから忘れないうちにメモっとく。

無性愛者、非性愛者とは、家族や友人などに向ける愛情はあるものの、性愛が湧かない、あるいは乏しい傾向にある者である。
愛情がないわけでなく、性欲が伴わないのである。

セクシャリティは異性愛、同性愛、両性愛の三種に大別されるが、無性愛、非性愛は第四の性とも言われる。

厳密に言えば無性愛と非性愛は違うらしいがよくわからん。要調査。

俗にいう草食系の中にはこれが含まれるかもしれない。

疑問点と推測
性欲とは繁殖行動の源である。それがないのは何故か。
→何らかの理由により繁殖を制限している。例:遺伝子エラー、繁殖の必要性がない個体、あるいは環境など。

無性愛、非性愛者にとって性行為は苦痛か。
→必要のないものなので苦痛である。思春期の娘が父親を嫌うのは近親相姦を回避するための本能である。逆に考えれば、分け隔てない愛情を持つとも言える。
極端な話、貧血だから鉄の塊を食せと言われても無理、というのと同じかもしれない。いらんし食えん。

愛情とは何か。
→利己と利他である。見返りのない愛情は続かない。どちらかが疲弊する。親子間でさえ何かしら与え、与えられることで愛情は紡がれる。

オカルト的考察
ガイアによる人口調整
→地球は1つの生命体である、というガイア理論から見れば、現時点の人類総数は過剰容量かもしれない。よって、繁殖を制限するため無性愛、非性愛を組み込む。人類は緩やかに減少する。
藤子F不二雄先生も同じような作品を描いてた。タイトル失念。

人類による繁殖制限プログラム
→遺伝子とは設計図兼プログラムである。種の保存、繁栄から見れば現在の人類(略)なので、繁殖行動をしない個体で総数を調整すると考える。
また、強い遺伝子を持つ者が性欲過多であり、それを欲するのは繁殖の摂理である。
人類は比較的安定した環境故、無性愛、非性愛が出現しているのではないか。

動物に無性愛、非性愛は存在するか。
→確認できるわけがない。性欲を思考できるのは人間だけである。
ちなみに両性愛はちらほら確認できる模様。

性欲は善か悪か。
→食欲は善か悪か、睡眠は善か悪か、考えるだけ無駄。
ただし、エロは時に文化発展、普及の起爆剤になりうる。例:パソコン

性に対する背徳感について。
→文明と宗教による規律からはみ出るからである。性は穢れであるという刷り込みがある。性病の蔓延から学んだ人類のミームだからだ。
そう考えると、無性愛、非性愛は自己防衛本能が強いと言えるかもしれない。

無性愛者、非性愛者との恋愛、結婚について
→矛盾するようだが、このような事例は掃いて捨てるほどある。
恋愛も結婚も極論「流れ」である。
自覚のない無性愛者、非性愛者も少なくない。
死が二人を別つまで添い遂げる覚悟なら、同程度の性欲は考慮しなければならない。

メモ総括
セクシャリティの多さの順に言えば、異性愛>同性愛≒両性愛>>>>無性愛≒非性愛である。
繁殖行動以外の性欲はぶっちゃけ必要ないが、快楽は潤いになりうる。
かと言って無性愛、非性愛が無味乾燥というわけではなく、性指向の違いからそう見えるだけである。
しかしこれを異端と見なし排除しようとするのはあまりにも浅はかである。セクシャルマイノリティに対しては一定の理解と受容が必要である。また、セクシャルマイノリティ自身も理解される努力が試される。
全人類がこれを乗り越えた時、更なる高みに昇るのではないかと考える。観測的希望。
たぶんこれを乗り越えるには思想以外の問題も出てくるのでまずは小規模からでも始めましょう理解。

※全部メモ的妄想です。

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